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2007年12月22日 (土)

髪の色

 昔はじめてヨーロッパに降り立った時の第一印象は人々が髪の色と服装の色との組合わせを楽しんでいる風に見えたことでした。髪は褐色系ですがその彩りと曲がり具合が一人一人異なるので服装まで個性的に見えました。眼も色々です。

 彼らはこの多彩な髪に囲まれて生まれ育ったからつい心が弾みあの美しい音楽や楽しいダンスも自然に湧いてきたのかも知れません。色の組合わせである色調や音の組合わせである和音に昔から魅力を感じていたのでしょう。その美しい音楽が祈りと融合して生まれたのが教会の荘厳な多声音楽ではないでしょうか。昔ヨーロッパでは音楽ホールなど未だ無い頃からミサに行けば誰でも以前から伝わるグレゴリオ聖歌に加えてこうした多声音楽も聴きながら祈りができたので人々は自然に教会と結びついていたのだそうです。

 さて、日本人は皆黒い髪と黒い瞳です。黒は灰色や白とともに無彩色ですから飾り気がなく清らかです。従って日本人は服装も趣向も地味で落ち着いたものとなり色の組合わせではなく書道や水墨画の様に白と黒だけで表現する独特の世界に親しんできたと思います。白い障子、白と黒だけの碁石、色を全く用いない白木造り等々は清らかな「単純の美」そのものです。白無垢のあの姿などは私には世界一美しく見えるのです。

 勿論、友禅染や輪島塗など有彩色による優美な和服ほか高級伝統工芸品も沢山ありますし江戸小紋のような粋なお洒落もあります。これらが日本人によく似合うのは和服にも黒い髪結いにも繊細な「清らかさ」と凛とした美しさがあるからではないでしょうか。西洋の「重厚・豪華」に対して「清らかさ」と「優美」は日本の誇るべき伝統美だと思います。料理にも同様の違いを感じます。

 音楽に於いても私達日本人は音を組合わせた和音や軽快なリズムといった重厚・豪華な響きよりも、尺八、笛、鼓、三味線、謡、詩吟の様に主として清らかな単音の響きを究めてきました。日本民謡には清流の美しさを感じます。そのリズムは時計の如き刻みではなくあの小節(コブシ)の利いた節回しです。実に絶妙で、思わず惹き込まれます。祭囃子の響きには澄み渡るリズムを感じます。

 日本人は流儀・作法を重んじ何事も右へ倣えで個性にやや乏しいと昔から言われてきました。それはどの人の髪も黒くて清らかだからかも知れません。でもこの流儀そのものが日本らしさであり、この“らしさ”こそが日本の美しい精神文化を今に伝えてくれていると思うのです。どの民族・地域にも“らしさ”がありそれが大切に守られています。

 西洋人の多彩な髪は西洋の“らしさ”に基づいて華やかで分厚い文化、個性的で楽しい文化を育んできた。一方日本人の黒い髪は“日本らしさ”に基づいて心にしみ入る「わび・さび」の文化、自然との調和を重んずる清らかな文化、人の和、礼節を重んじ「恥」をわきまえたお堅い文化を育んできた。ここが西洋と日本の違いだ。そんな風に私には見えます。

 ところがこのお堅い部分をタブー視して60年、「恥」知らずで根無し草の日本人が増えました。かくて「ばれなければいい」と悪事を企む人や他人の迷惑を考えない人が増加、マナーは低下、悲しい事件が続発しています。あゝ、むべなるかな!ではどうする?

 と、まあそんな思いがしますが髪の話にしては飛躍が過ぎますかね?しかし教会学校や青年会など草加教会ならば安心です。神様から堅く見つめられていますから。エッ?アッ、そうですね、十人十色、誰しも個性をしっかり持っています。その発露ですね。

        カトリック草加教会文集「草の香」2007年クリスマス  原田重光

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コメント

読んで楽しい よくできたエッセイですね。

日本人の黒髪に合うファッションのカラーが限られてくるので 最近の若い人は 茶髪、金髪などに染め上げているのですかね。

投稿: F1 | 2008年1月 9日 (水) 14時21分

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